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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)193号 判決 1973年5月31日

原告 山辺賢蔵 外六名

被告 東京都

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者が求めた裁判

(原告ら)

「被告が、昭和四五年四月二八日、東京都国立市東四丁目三〇番五号先から都道一四六号線上を跨いで反対側の同番六号先まで横断歩道橋を架設する旨決定し、これに基づき新日本製鉄株式会社に請け負わせて右架設工事を施工する処分を取り消す。」旨の判決

(被告)

主文第一項と同旨の判決(本案につき「原告らの請求を棄却する。」旨の判決)

第二当事者間に争いのない事実

1  原告らは、東京都国立市の住民であり、それぞれ別紙図面に表示された<1>から<7>までの場所に居住している。

2  被告は、昭和四五年四月二八日、東京都国立市東四丁目三〇番五号先から都道一四六号線の上を跨いで反対側の同番六号先までスロープ式の横断歩道橋(以下「本件歩道橋」という。)を架設する旨決定し、新日本製鉄株式会社に請け負わせて右架設工事を施工し、同年一一月ころ竣工して、これを一般の用に供している。

3  被告は、交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法(以下「緊急措置法」という。)に基づいて本件歩道橋を設置したものであるが、緊急措置法は、交通事故が多発している道路その他緊急に交通の安全を確保する必要がある道路について、交通安全施設等の整備を実現することにより、交通事故の防止を図ることを主たる目的とするものであり、横断歩道橋の設置基準については、昭和四二年四月二七日建設省道路局長通達「立体横断施設設置要領」によつて定められている。

4  本件歩道橋が設置された都道一四六号線は、別紙図面のとおり国鉄中央線国立駅と同南武線谷保駅との間を結ぶ、通称「大学通り」と呼ばれる道路であり、その巾員は、谷保駅付近を除き、右都道の両側にある緑地帯および市道の部分を含め約四四メートルであり、右緑地帯には桜といちようが二列に並べて植栽され並木を形成している。右大学通りの両端は、前示各駅でさえぎられていて、他の幹線道路と直結していない。

5  大学通りには、現在、別紙図面に表示されている九か所に横断歩道が設けられている。本件歩道橋が設置されるまでは、その設置場所のすぐ南側にも横断歩道が設けられていたが、これは、本件歩道橋の設置後廃止された。大学通りには、本件歩道橋を除き、横断歩道橋は設置されていない。

第三争点

一  処分性について

(原告らの主張)

被告が本件歩道橋を設置する旨決定し、請負人に請け負わせてその建設工事を施工する行為は、これを一連の一体的な行為として観念した場合、道路管理者である被告が、道路の安全な交通の確保という行政目的を達成するために、その優越的な地位に基づいて道路施設を設けてこれを住民の利用に供する行為であつて、これにより環境権その他住民既得の権利、利益を侵害する行為であるから、行政事件訴訟法第三条にいう「公権力の行使に当たる行為」に該当すると解すべきである。

(被告主張)

被告がした本件歩道橋を設置する旨の決定は、被告の単なる内部的な意思決定であり、請負人と請負契約を締結した行為は、私法上の行為に当たり、本件歩道橋の建設工事は、事実行為にすぎない。

これらを一体的な行為として観ても、国民の身体、財産に直接影響を与え、これを拘束するという行政庁の優越的な地位に基づく行為ではなく、一般私人がある建設工事を行なう計画をたて、建設の意思を固め、建設業者と請負契約を締結し、工事をさせるというように一連の手続を踏んでいく場合とその性質において何ら異なるところがない。

したがつて、原告ら主張の被告の行為は、行政事件訴訟法第三条にいう「公権力の行使に当たる行為」には該当しない。

二  原告適格について

(原告らの主張)

1 原告らは、本件歩道橋の設置に反対する「国立の町づくりを考える会」(会員約一〇〇名)から選ばれた者であつて、大学通りの近くに居住し、通勤、買物、散歩その他の日常活動のために大学通りを通行、横断している。

2 原告らは、本件歩道橋設置場所付近で大学通りを横断する必要がある場合、従前は、同所のすぐ南側に設けられていた横断歩道上を平面歩行して横断することができたのに、本件歩道橋設置後は、右横断歩道が廃止され、本件歩道橋を昇降して横断するほかなくなり、その結果、後前よりも横断に要する歩行距離が著しく長くなり、しかも、坂の昇り降りに労力を要し、無用の負担を強いられるにいたつた。

原告らが従前本件歩道橋設置場所のすぐ南側に設けられていた横断歩道上を平面歩行して大学通りを横断することができたことは、法律上の保護に値する生活利益であつたのであり、原告らは、本件歩道橋の設置によりこの利益を侵害された。

3 大学通りは、人工と自然がたくみに取り入れられた日本には珍しい都市美を有する街路である。国立市民は、昭和一〇年ころ、資金を出しあつて大学通りに桜といちようの並木を植え、今日までこれを育てて来た。大学通りは、散歩するための道、公園のような役目を果す道路であつて、国立市民は、日常この通りを往来するたびごとに、この緑の環境を享受する。国立市民である原告らは、原告らが属する地域社会のこの環境を保持育成し、より良き環境を享受する権利、すなわち環境権を有する。

ところが、大学通りに本件歩道橋が設置されたために、付近の風致美観が損われたばかりでなく、大学通りの自動車の交通量とその走行速度の増大を招来し、その結果、大学通り上を横断する者が交通事故に遭う危険性が高くなり、さらに、自動車の排気ガスによる大気汚染が進行し、街路樹が次第に枯死するにいたると予想される。

このようにして、本件歩道橋が設置されたことによつて、原告らはその環境権を侵害されるにいたる。

(被告の主張)

1 原告らは、本件歩道橋設置場所から数百メートル離れたところに居住しており、本件歩道橋の設置により、その住居の出入り等に格別不都合を感ずることもなく、また、プライバシーを侵害されることもないから、本件歩道橋の設置に何らの利害関係をも有しない。

2 かりに、原告らが大学通りの利用につき享受している利益が本件歩道橋の設置行為によつて害されることがあるとしても、右利益は、法的に保護された利益ではなく、いわゆる反射的利益にすぎない。

3 また、原告らは、本件歩道橋の設置により風致美観や生活環境が破壊されると主張するが、風致美観や生活環境を維持保全したいという原告らの期待は、市民としての一般的抽象的な感情にすぎず、法的保護の対象となりうる個人の具体的権利には当たらない。

三  被告適格について

(原告らの主張)

本件歩道橋の設置に関する事業は、都道一四六号線の道路管理者である被告が行なう事業であるから、本件において被告適格を有する者は被告である。

(被告の主張)

本件歩道橋の設置に関する事業が被告の事業であることは認める。

しかし、被告は、行政処分を行なう行政庁ではなく、行政処分に係る事務の帰属主体である。本件において、行政処分を行なう者は、道路管理者である被告の長、すなわち、東京都知事であるから、被告は被告適格を有しない。

四  違法事由について

(原告らの主張)

1 緊急措置法違反

緊急措置法は、交通事故が多発している道路であつて緊急に交通の安全を確保する必要がある道路に限つて、横断歩道橋等の交通安全施設の設置を義務づけている。

しかるに、大学通りの自動車交通量はさほど多くなく、交通事故が多発している道路に当たらないし、本件歩道橋設置場所における学童の横断者数は、昭和四二年四月二七日建設省道路局長通達「立体横断施設設置要領」が定めている横断歩道橋の設置基準に遠く及ばない。

したがつて、本件歩道橋の設置は、緊急措置法が要求している交通安全施設の要件を全く無視した違法なものである。

2 環境権の侵害等

横断歩道橋の設置は、歩行者の安全を図る一つの手段ではあるが、その反面、歩行者に遠回りと坂の昇り降りの苦痛を与えるものであり、さらに、それは、自動車の交通量と走行速度の増大を必然的にもたらし、これによりいわゆる交通公害の発生を助長するばかりでなく、その設置場所のいかんによつては、横断歩道橋の存在自体が付近の風致美観を害するにいたる。

したがつて、横断歩道橋を設置する者は、このような弊害に優先する歩行者の安全確保の必要性の有無、歩行者の安全を確保する他の手段の存否、付近住民の感情等を考慮したうえ、信号機の設置、自動車の交通制限等他の方法をとりえないか、横断歩道橋の設置以外に方策のないやむをえない場合に限つて、これを設置する権限を有すると解すべきである。

本件において、本件歩道橋の設置によつて、大学通りの風致美観が損傷されるほか、いわゆる交通公害を招き、ひいては、大学通りの環境が侵害されることは、二3において主張したとおりであり、他方、大学通りの自動車交通量にさほど多くなく、本件歩道橋設置場所は学童の通学路に指定されているが、ここを横断しなければならない学童の数はわずかであるから、ここに設けられていた横断歩道を廃止して、本件歩道橋を設置する必要性はなく、警察官を配置するか、押しボタン式信号機を設置することにより人命の安全を図ることができるのであり、しかも国立市民の大多数が本件歩道橋の設置に反対している。

被告は、これらの点を考慮することなく、不必要な本件歩道橋を設置したものであり、右行為は、被告に与えられた権限を踰越する行為であり、かつ、近隣住民の健康で文化的な生活を営む権利、または環境権を侵害し、さらに、東京都公害防止条例(昭和四四年条例第九七号)第二条所定の義務に違反するものであつて、違法である。

3 違法支出行為

本件歩道橋の設置には、約一、九〇〇万円の支出が必然的に伴うが、本件歩道橋の設置の必要性は皆無であるから、被告が右支出をするのはむだづかいであり、納税者である原告らの権利を侵害する違法な行為である。

(被告の主張)

1 緊急措置法違反について

緊急措置法は、現に交通事故が多発している道路はもとより、交通事故が多発するおそれがある道路についても、総合的な計画のもとに、緊急に交通安全施設等の整備を行なうことを目的とするのである。

そして、本件歩道橋設置場所は、学童の通学路として指定されており、本件歩道橋は、学童の横断を目的とする横断施設として設置されたものであるが、本件歩道橋設置場所の学童および幼児の横断者数は、被告が調査した昭和四四年一一月一五日当時一日延べ八〇名以上であつて、したがつて、交通事故が多発するおそれがあり、緊急に措置を講ずる必要があつたものである。

2 環境権の侵害等について

被告は、横断歩道橋の設置についての国立市長および同市議会の要望、同市内の学校長および地元住民の陳情を考慮し、学童、幼児を交通事故から未然に守るための緊急の措置として、本件歩道橋を設置したものである。

原告ら主張の環境権の侵害なるものは、一般的抽象的なものであつて、単なる予測される事実ないし危惧にすぎない。

また、原告らは、大学通りの街路樹が枯死するに至ると主張するが、右街路樹は国土開発株式会社の所有に属し、たとえそれが枯死するとしても、原告らはそのことに法律上何らの利害関係をも有しない。

3 違法支出行為について

本件歩道橋の設置は適法であるから、それに伴う被告の支出行為も適法である。また、原告らは、被告の支出行為によつて直接その権利、利益を侵害されるものではない。

第四証拠関係<省略>

第五争点に対する判断

(原告適格について)

1  原告らは、本件歩道橋設置前は、その設置場所のすぐ南側に設けられていた横断歩道上を平面歩行して大学通りを横断することができたのに、その設置後は、本件歩道橋を昇降して横断するほかなくなり、原告らの平面歩行の利益が侵害されるにいたつたと主張する。

たしかに、道路の横断のつど、歩道橋への昇降を強いられ平面歩行を妨げられる歩行者の労苦は無視できないものがあるから、そのような不利益を日常受忍すべき限度をこえてこうむる者は、その歩道橋の設置およびそれに伴う横断歩道の廃止を争う法律上の利益を有すると解する余地があるにしても、具体的にそのような関係にない単なる付近住民というだけの者は、それを争う法律上の利益を有するということはできない。原告らは、大学通りの近くに居住し、通勤、買物、散歩その他の日常活動のために大学通りを通行、横断していると主張するのみで、とくに本件歩道橋設置場所付近で大学通りを横断しなければならない具体的な日常の必要性があることについては、何ら主張立証しない。

かえつて、前示当事者間に争いのない事実によれば、原告らは、それぞれ別紙図面に表示の<1>から<7>までの場所に居住しており、大学通りには、現在同図面に表示の九か所に横断歩道が設けられているのであるから、これらの原告らの居住場所、横断歩道および本件歩道橋の位置関係からみて、原告らは、通勤、買物、散歩その他の日常活動のために大学通りを横断する必要がある場合には、本件歩道橋を昇降して横断しなくても、右九か所の横断歩道のいずれかを選択し、これを平面歩行して横断することはきわめて容易であることが明らかであり、本件歩道橋設置場所付近で横断歩道上を平面歩行して横断することができなくなつたとしても、それによつて、原告らが従前に比してとくに著しい遠回りを強いられることになつたとはいえないし、その他原告らがその日常活動上格別の不利益を受けるとはとうてい認め難い。

2  次に、原告らは、本件歩道橋の設置によつて、原告らの「環境権」が侵害されると主張する。

太陽、空気、水、静けさその他人間をとりまく諸々の生活環境を良好な状態に保つことは、健康にして快適な生活のために不可欠な事柄であつて、これが一定の限度をこえて破壊されるときは、人の生命、健康が害されるにいたることを思えば、人がそのような生活環境をその受忍すべき限度をこえて破壊されないことについて有する利益は、法的保護に値する利益であるといいうるとしても、生活環境に及ぶ影響が右に述べた程度に達しない場合には、人がその生活環境の保持について有する利益をもつて、行政事件訴訟法第九条にいう「法律上の利益」に当たると解することはできない。

そこで、以下に原告らが主張する「環境権」の侵害の具体的内容について検討する。

(一) まず、原告らは、大学通りに本件歩道橋が設置されたために、付近のすぐれた風致美観が損われたと主張する。

しかしながら、市街地にその規模、形状、色彩等の点において通常の横断歩道橋が設置されることによつて、付近の風致美観が害されると感ずるかどうかは、多分に主観的、情緒的価値評価の問題であつて、歩道橋の設置による風致美観の損傷なるものは、通常、付近の住民の健康にして快適な生活を害するという性質のものではなく、したがつて、人の生活環境をその受忍すべき限度をこえて破壊するものとはとうてい考えられないところである。そして、原告らも、本件歩道橋が人の健康にして快適な生活を害するような特異なものであることを主張するわけではなく、単に、本件歩道橋の存在が原告ら主張の大学通りのすぐれた環境と調和しないというにすぎないのであるから、原告ら主張の利益は、法律上の利益に当たらない。

(二) つぎに、原告らは、本件歩道橋の設置により、大学通りの自動車の交通量とその走行速度の増大を招来し、その結果、交通事故の発生の危険性の増加、自動車の排気ガスによる大気汚染の進行等の被害が発生すると主張する。

しかしながら、前示当事者間に争いのない事実によれば、大学通りは、別紙図面のとおり国鉄中央線国立駅と同南武線谷保駅との間を結ぶ道路であつて、その両端は右両駅でさえぎられていて、他の幹線道路とは直結していないというのであるから、そこに本件歩道橋が一つ設置されたからといつて、そのことだけで自動車交通量とその走行速度に著しい変化をもたらすとはとうてい考えられず、したがつて、交通事故の発生の危険性の増加、自動車の排気ガスによる大気汚染の進行等原告ら主張のような被害が本件歩道橋の設置により発生するとは認められない。

3  原告らは、他に、本件歩道橋の設置によつて自己の権利または法的に保護された利益を侵害されることについて、主張立証しない。

そうすると、原告らは、本件取消しを求めるにつき法律上の利益を有するとは認められないから、原告適格を欠くというべきである。

第六結論

したがつて、本件訴えは、その余の争点について判断を加えるまでもなく不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用は、敗訴の原告らの負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 青山正明 石川善則)

(別紙)<省略>

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